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神戸地方裁判所 昭和31年(ワ)230号 判決

原告 アトランチックミュチュアルインシュアランス・カンパニー

右代表者 エフ・ジヨージ・フオロウ

右代理人弁護士 ジエムス・ビー・アンダーソン

同 飯田秀雄

同 大橋光雄

同 粟田吉雄

被告 東神海運株式会社

右代表者 岡本省吾

右代理人弁護士 山本登

主文

被告は原告に対し、金一、五〇九、四七六円及び内金九二五、二三六円に対する昭和三〇年一〇月五日以降、内金九七、二〇〇円に対する同年一〇月八日以降、内金四八七、〇四〇円に対する昭和三一年四月一一日以降右支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を原告、その二を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り原告において金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告が海上保険、火災保険等の損害保険業を営む会社であり、被告が港湾運送に関する業務を目的とする会社であること、丸紅が新日本汽船株式会社との間に昭和三〇年一月二〇日、荷送人ネオドツクス国際株式会社、荷受人丸紅、船積港アメリカ合衆国ニユーヨーク港、陸揚港神戸港、運送品酸化チタン四四、八〇〇ポンド(八九六袋)、運送する船舶新日本汽船所属富士春丸とする運送契約を締結し、さらに同年一月下旬丸紅と被告との間に、右富士春丸が神戸港に入港した場合、本件物件を同船々側から神戸港埠頭まで運送するについて、その荷役及び艀による港湾運送に関する契約を締結したこと、被告は丸紅との右契約を履行するため更に富島組と右荷役ならびに港湾運送に関する契約を締結したこと、富島丸が昭和三〇年三月二五日午後九時頃富士春丸船側で本件物件を積載したまま沈没したことは当事者間に争がない。

丸紅と被告との右運送に関する契約について、原告は運送契約であると主張し、被告は運送取扱契約であると主張するので、まずこの点について判断する。

運送取扱人とは自己の名をもつて物品運送の取次をなすを業とする者をいい、運送取扱にあつては運送取扱人は自己の名をもつて委託者の計算において運送人と運送契約を締結し、その他運送に必要な行為をなすのであるが、物品運送契約にあつては運送人がその保管の下に物品の運送をなすことを約するのであつて、運送人が更に第三者と運送契約をする場合には自己の計算においてこれをなすものと解する。本件についてみるに証人草野豊国、三浦初男、中務良清、山本義龝の各証言、被告会社代表者岡本省吾本人尋問の結果の各一部を総合すると、被告会社は艀船を所有せず、昭和二九年一一月設立以来同三〇年三月二五日までの間数十回に亘り、丸紅との間に、被告において丸紅の神戸港における輸入貨物の本船からの積取、艀による運送、陸揚、検数、通関、保管等一切を委され、被告は更にその荷役、運送を他の運送人と契約し、それに要する費用は被告会社においてその都度立替え支払い、毎月末日に右立替費用の外に取扱手数料を丸紅に請求してその支払を受ける方法により運送に関する取引をなし、被告としては右取扱手数料のみを所得としてきたこと、本件物件についても被告は丸紅と右と同趣旨で運送に関する契約をしたものであること、被告は更に前記のように富島組に荷役及び港湾運送に関する契約をしたが、富島組は山本義龝から富島丸を賃借し、同船を自己専属の艀船として港湾運送に従事していることを認定することができる、証人中務良清の証言及び被告会社代表者岡本省吾本人尋問の結果中、富島組が運送取扱人である旨の部分は信用し難く他に右認定を動かす証拠はない。右認定事実によると、被告は運送取扱人で本件物件の運送について、丸紅と運送取扱契約を結び更に富島組と運送契約を結んだものということができる。もつとも被告会社代表者岡本省吾本人尋問の結果によると被告は本件物件の運送人が富島組であることを丸紅に通知していないことが認められるけれども右事実は右認定の妨げとならない。

被告は、富島丸の前記沈没による本件物件の滅失毀損について、被告は運送取扱人として、運送人富島組の選択その他運送に関する注意を怠らなかつたから損害賠償の義務がない旨主張するので、まず富島丸の沈没原因を審究する。

被告は富島丸は突風を混えた風潮と他船の航行波を浴びて沈没したものであつて、右沈没は不可抗力によるものである旨主張するから考えるに、証人山本義龝の証言中には被告の主張に副う部分があるけれども、右証言部分は後記各証拠に照して措信し難く、他に右主張を認めるに足る証拠はない。尤も成立に争のない乙第五号証によれば本件事故当日午後五時四〇分頃より雨となり、北風がかなり強かつたことは認められるけれども、右認定事実のみでは被告主張事実を認めることができない。却つて成立に争のない甲第一、第二号証、第四号証の二、乙第一号証、第一〇号証の一、二、証人大喜多経一の証言により成立を認める甲第一四号証の三、証人大橋光雄の証言により成立を認める同号証の四、証人建野郷一、同朝藤琢弥の各証言を総合すると、昭和三〇年三月二五日、富士春丸は神戸港に入港し、一八番浮標に繋留し、富島丸は本件物件積取りのため富士春丸の二番船艙左舷側に繋留したがその際富島丸船長三浦金光は操舵をあやまり、富島丸の首部を富士春丸船側に衝突せしめ、午後六時半頃より本件物件の積取を開始したが、富島丸の老朽と、右衝突と相まつて首部外板にゆるみが生じたため午後八時頃右外板のゆるみから汚水が船内に侵入し遂に同九時頃富島丸は本件物件を積載したまま沈没するに至つたのであつて、当日の天候はさほど悪くなく本件事故は風波のみによる不可抗力によるものではないことを認定することができる。被告は富島丸に、外板のゆるみがあつたとしてもそれは同船の引揚げ後の調査により判明したもので、右引揚方法は同船の船体をワイヤーロープでしばり、本件物件を積載したまま空中に吊し上げその状態で岸壁まで運んだものでその引揚げ方法の粗雑乱暴さのために生じたものであると主張するが、乙第九号証の一ないし五のみではこれを認めることができず、他に右主張を認めて右認定を動かすに足る証拠はない。すると富島丸の沈没は結局富島組の責に帰すべき事由によるものということができる。

被告は港湾艀運送業者には不堪航、窃盗、荷抜等による損害について世界共通の或は神戸港における無答責の慣習がある旨主張するけれども全証拠によるもこれを認めることはできない。

そして成立に争のない乙第一一号証によると、富島組は昭和二九年一一月二五日設立された会社であり、本件沈没事故は設立後四ヵ月で発生したもので、しかも前認定のとおり、右事故は富島組専属の富島丸の老朽と船長の過失に基く富島組の責に帰すべき事由によるのであるから、運送取扱人である被告において運送人の選択について注意を怠らなかつたものとは認められず、他に運送人の選択等について被告の無過失を認める証拠はない。

すると、被告は前記沈没による本件物件の滅失毀損について商法第五六〇条により損害賠償の責がある。

そして、成立に争のない甲第七号証、証人与賀田正俊の証言により成立を認める甲第六号証第一四号証の二、証人草野豊国の証言により成立を認める甲第九号証、右証人与賀田の証言によれば、原告と丸紅との間に、昭和三〇年一月二〇日保険者原告、被保険者丸紅、目的物前記運送中にかかる本件物件、保険金四、八九〇、六〇〇円とする損害保険契約を締結したこと、前記認定のとおり本件物件が沈没したので、原告は丸紅に対し金四、三七〇、二七〇円の保険金を支払い、その限度において丸紅の被告に対する損害賠償請求権を原告が保険者代位により取得したこと、なお丸紅は昭和三一年三月原告に対し、本件物件の沈没により丸紅の被告に対して有する損害賠償請求権を譲渡し、同年三月一五日その旨被告に通知したことが認められる。

そこで本件物件の沈没により発生した損害額につき判断する。証人与賀田正俊の証言により成立を認める甲第一〇、第一二号証、証人草野豊国の証言により成立を認める甲第一四号証の一、第三者作成の文書にして弁論の全趣旨より成立を認める甲第一三号証、前記甲第一四号証の三、前記証人与賀田、草野の各証言を総合すれば、原告は沈没した本件物件四四、八〇〇ポンドのうち、一五、四二〇・九キログラム(三三、九九七・二ポンド)を訴外ユニオンサルベージ株式会社に引揚げさせ、これを丸紅が訴外栃木化学株式会社に水洗、塩抜等加工させ、加工代金として金九二五、二五四円を支払つたこと、売却処分前に要する検定料として金一〇七、一六〇円をサーベーヤに支払つたことが認められるから、被告は右加工代金及び検定料を損害金として支払う義務がある。原告は、本件事故がなければ丸紅は本件物件を金五、二〇六、八三四円で売却できたのにかかわらず右事故のため丸紅は右加工品を代金一、八五九、〇〇〇円にしか他に売却し得なかつたから、その差額金三、三四七、八三四円は前記沈没による損害であると主張するけれども、これを認めるに足りる何らの証拠はない、原告は右事実の立証として甲第一四号証の一及び証人与賀田正俊の証言を援用しているが、右甲第一四号証の一のうち、右事実に関する部分としては、送り状値段一二、二一〇弗三五仙、期待売値一、七四〇、〇〇〇円、加工品に対しキログラム当り一五〇円の買手の申込を受けている旨の記載があるだけであり、又右証人の証言には加工品はキログラム当り一五〇円で売れれば一番有利である旨の供述があるだけであつて、右各証拠では原告主張の右損害額を立証できない。

次に前記甲第一三号証によると、前記認定のように原告は本件物件をユニオンサルベージに引揚げさせ、その料金として金四八七、〇四〇円を支払つたことが認められ、右引揚により被告の負担する損害賠償額が右引揚料金相当額減少し、被告は右引揚料金につき原告の損失により不当に利得したことになるから、原告は被告に対し右引揚料につき不当利得返還請求権を有するということができる。

そうすると、被告は原告に対し損害賠償として右加工代金九二五、二五四円と右検定料金一〇七、一六〇円及び右各金員に対する各支払の日(右加工代の支払の日は前記甲第一二号証によると昭和三〇年一〇月五日であり、右検定料の支払の日は前記甲第一四号証の一によると遅くとも同年一〇月八日であることが認められる)以降完済まで年六分の遅延損害金、不当利得返還として右引揚料金四八七、〇四〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること本件記録により明かな昭和三一年四月一一日以降完済まで年六分の遅延損害金の支払をなすべき義務がある(原告は右加工代金及び検定料の遅延損害金の起算日を昭和三〇年三月二六日と主張しているが当時は未だ右加工代、検定料の支払がなかつたから右主張を採用しない)ところ、原告は右加工代金については右金額の範囲内である金九二五、二三六円、検定料については右金額の範囲内である金九七、二〇〇円の支払を求めているので、原告の本訴請求は右請求にかかる加工代金、検定料、引揚料合計金一、五〇九、四七六円及び内、加工代金九二五、二三六円に対する昭和三〇年一〇月五日以降、検定料金九七、二〇〇円に対する同年一〇月八日以降、引揚料金四八七、〇四〇円に対する昭和三一年四月一一日以降右完済まで各年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余の部分は失当として棄却し、民事訴訟法第九二条一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上喜夫 裁判官 西川太郎 小河基夫)

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